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東京地方裁判所 昭和39年(タ)270号 判決 1968年9月17日

原告 金泉仙

右訴訟代理人弁護士 松浦勇

被告 金芳佳

右訴訟代理人弁護士 黄炎生

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告

1  原告と被告とを離婚する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二、被告

主文と同じ。

第二原告の主張

(請求の原因)

一、原告及び被告は、ともに中華民国の国籍を有する。

二、原告は、大正一三年一二月二日、台南市において出生、昭和一八年来日、以来引続き東京都に居住している。この間、日本歯科大学を卒業し、国家試験に合格して歯科医師になった。被告は、昭和四年一一月二一日、台南市において出生、現在肩書住所に居住している。

三、原告は、昭和三五年台湾に帰省中被告と見合をし、昭和三六年一月二日、台北市において挙式の上、適法に被告と婚姻した。

四、原被告は、原告の生活の本拠がある東京都で生活することになっていたので、一時台北市にある原告の父方に同居し、被告の出国及び日本への入国の手続を始めた。しかし、原告の旅券の期限が到来したため、被告は許可のおり次第来日することとして、原告は、昭和三六年三月九日、単身で東京へ帰った。

五、その後間もなく、被告は、原告の父に対し、台南市にある実家へ帰ると云い出した。原告の父は、出入国手続の関係もあり、また、婚姻後四ヶ月は里帰りしない中国の習慣にも反するため、極力これを止めたが聞き入れないので、やむをえず一週間位で帰宅するよう約束させて、被告を実家へ帰した。ところが、一週間経っても戻らず、右手続のため、原告の父が再三被告に帰宅を促したが、これに応じないため、右手続は中断せざるをえなくなった。

六、被告は、昭和三六年八月一日ごろ、突然原告の父方へ戻った。そこで、原告の父は、被告のため出入国手続を再開し、同年一〇月中旬ころ、その許可がおりたので、旅券等を被告に交付した。

七、たまたまそのころ、原告の祖母が病気で入院し、昭和三六年一二月に死亡したため、原告の実家では、その看病や死亡後約二ヶ月間喪葬祭、祠墓祭等に追われて、不在勝ちであった。ところが、被告は、昭和三七年二月一二日、無断で荷物をまとめて実家へ帰ってしまった。以来被告は、原告のいる日本へ来ようともせず、そのまま今日に至った。

八、以上のとおり、被告は、原告と日本において居住することを承知して婚姻し、かつ、原告の出発の際、手続がすみ次第日本に来ることを約束しながら、勝手に長期間の里帰りをして、手続中止のやむなきに至らしめ、また、旅券交付後も来日しようとせず、その後も原告と東京で共同生活するための努力をしないでいる。被告のかかる所為は、妻としての同居・協力・扶助義務の履行懈怠にほかならず、原告に対する悪意の遺棄にあたる。

九、中華民国民法一〇五二条には「夫婦の一方が悪意をもって他方を遺棄し継続状態にあるとき」は、他方は相手方に対し離婚請求権を有する旨定められている。

一〇、よって、原告は、被告の悪意の遺棄を原因として、離婚の裁判を求める。

(裁判権)

本件は、昭和一八年以来日本に住所を有する原告が、日本において居住する約束で、被告と婚姻したところ、被告が、約束に反して、台湾にいたまま来日せず、正当の理由なく原告との夫婦共同生活を拒否することによって、原告を遺棄している事案である。本件において、被告が日本に住所を有しないとの理由で、日本に裁判権がないとすることは、原告に法律上の保障を与えないことになり、国際私法生活における正義と公平の観念に反する。

従って、本件の裁判権は日本にあるとするのが正当である。

第三被告の主張

(裁判権)

本件については、日本に裁判権がない。

本件は、外国人(中華民国人)である日本居住の夫と同国人である台湾居住の妻との間の離婚訴訟である。

およそ、離婚は、夫婦たる身分関係を解消する重大問題であるから、離婚原因について本国法主義を採用するのに対応して、その裁判管轄権も本国にあるとする原則が、ほとんど各国において共通である(原則管轄主義)。ただ、本国以外の国の管轄権が全く認められないと、実際上不都合を生ずる場合があるため、例外的に本国以外の住所地の国に管轄権を認めることがある(例外管轄主義)。しかし、例外主義である以上、右の場合を認定するには、諸般の事情を考慮して、厳格、慎重に判断すべきものである。

本件については、次のような事実がある。

(1)  被告は、かつて日本に住所あるいは居所を有したことがない。

(2)  本件婚姻は、台湾で行われたが、中華民国の法令手続によったほか、台湾固有の特殊慣習に従って成立したものである。従って、この慣習を理解しない限り、それに関する離婚原因の判断は、正確を期しえない。

(3)  本件婚姻の媒酌人、親戚(但し、原告側は除く。)その他関係人は、すべて台湾に居住している。台湾は、現在戦時体制下にあって、出入国の制限が厳重であるから、これらの人々や被告本人が日本の裁判所に出頭して証拠調を受けることは不可能である。そのため、被告は、欠席裁判と同様な不利益を被るおそれがある。

(4)  台湾の裁判所において、本件のような外国人間の離婚訴訟は、認められていない。

以上のとおり、台湾居住の妻に対し、日本居住の夫が、日本の裁判所に提起する本件離婚訴訟は、原則管轄権に反し、しかもこれについては、日本にいわゆる例外管轄を認めてはならない理由があるといわねばならない。従って、本件訴は不適法であり、却下を免れない。

(請求原因に対する答弁)

請求原因第一項から第四項を認める。

同第五項から第八項を否認する。

本件は、原告の主張とは反対に、原告が悪意をもって被告を遺棄したものにほかならない。すなわち、原告は、本件婚姻に際し、台湾有数の素封家の出である被告から、相当の持参金をえることを期待していた。ところが、被告が持参金を故なく提供しようとしないことを見て取って、原告は、計画的に被告を台湾に留めおき、その後自己の両親ら家族は日本に呼寄せながら、被告に対しては一顧もしないでいるのである。

第四証拠関係≪省略≫

理由

本件の裁判権について判断する。

わが国の裁判所が、外国人間の離婚訴訟につき裁判権を有するためには、被告の住所が日本にあることを原則とし、ただ、被告の住所が日本になくても、原告が遺棄された場合、または被告が行方不明である場合、その他これに準ずる場合においては、例外的に裁判権を有するものと解せられる(昭和三九年三月二五日最高裁判所大法廷判決)。

本件について見るに、原告及び被告は、ともに中華民国人であって、昭和三六年一月二日、台湾省台北市において婚姻したものであること、及び、原告は、昭和一八年以来東京都に居住しているが、被告は、日本に住所を有しないことは、原告の主張自体から明らかであるから、わが国の裁判所は、原則的には、本件について裁判権を有しない。

ところで、原告は、被告が、現在まで来日しないで共同生活を拒否することによって、原告を遺棄していると主張するので、この点について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、次のような経緯が認められる。

1  原告は、歯科医師として、東京都大田区の○○歯科医院に勤務しているが、昭和三五年に両親の居住する台湾省台北市に帰省し、被告と見合をして、昭和三六年一月、同市において結婚式を挙げ、原告の父方において被告と同棲した。

2  原被告は、東京で生活する予定であったが、原告の旅券の期限が到来したため、一先ず原告が単身で帰日し、原告側で被告の出入国手続を完了した上、被告を日本に呼ぶことにし、原告は、昭和三六年三月一五日、東京に帰った。

3  被告は、その後間もなく、原告の父方から嘉義市にある実家へ帰り、同年八月ごろ、原告の父方へ戻ったが、昭和三七年二月ごろ、再び実家へ帰り、以来同所に留まっている。

4  原告の帰日直後から少くとも昭和三七年四月ころまでは、原被告間に文通が続けられていた。

5  被告の実家は、名望ある素封家であった。そのため、原告側においては、結婚に際して、被告が相当の財産を提供することを期待していた。原告は、被告に対する書簡の中で、再三、東京で幸福な生活を営むには万事金が必要であること、現在の勤務による収入が不当に少く、一日も早く独立して開業したいことを力説し、暗に被告が持参金として開業資金を提供するよう催促している。

6  ところが、被告が希望通りの協力をしてくれないため、原告は、昭和三六年一一月一五日付と昭和三七年四月二五日付の書簡では、台湾へ帰って開業するから来日を中止せよとの旨を被告に指示している。(もっとも「帰台して開業」の点は、原告の真意ではなく、被告に開業資金を出させるためのゼスチュアであろうと思われる。)

7  結局、原告としては、もともと被告自身に満足しての結婚ではなく、両親と被告との不仲もあり、被告から開業資金をえる見込もないことから、被告を日本に呼び寄せる意向を失ってしまった。被告の出入国手続については、いったん許可がおり、昭和三七年六月ごろ、その期限が切れたが、その後は、原告において、右手続を取ろうとしなかった。

8  その後、原告の両親が来日したが、原告は、昭和三九年二月の家族会議において被告との離婚を決定したと称し、同年三月から六月にかけて、数回、一方的に作成した「離婚書」「協議書」なる書面を被告に送付して、その調印を求めたが、いずれも応じられなかった。

(≪証拠判断省略≫)

以上の認定から考えると、被告が実家に帰って留まっている事実(3の事実)が、離婚原因に該当するかどうかは別問題として、少くとも、被告が、昭和三六年三月以降現在に至るまで来日せず、原被告の共同生活が実現しないでいることは、むしろ原告自身の意向によるものと云うべきであって、かかる状態をもって、被告が原告を遺棄したものと見ることはできない。従って、国際的裁判管轄を定めるに当っての「遺棄」は、本件において認められない。

その他、本件について、裁判権及び離婚原因を争っている被告の不利益を無視しても、なお原告のため、その住所地国たるわが国の裁判権を認めなければ、国際私法生活の安定を害し、正義と公平の理念に反するとすべき事情は、認めることができないから、例外的にわが国の裁判権を肯定する場合にも当らないといわねばならない。

以上のとおりであって、本件離婚の訴については、わが国の裁判所は裁判権を有しないから、これを却下すべきであり、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻)

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